
えかきは1947年5月3日京都で産まれる。
小、中、高校と里で育ち、
東京芸大を受験。
一次通過(実技試験)でも学科は能験に
(能力試験)反対してたので、
鉛筆を転がしながら○×式を適当に記入したそうです。
当然落ちました。
大学は諦めて、外国へ行こうと、
体力作りの為まずは北海道へ牧場の仕事へと
考えたえかきは、父親に猛反対されて、
代わりに親友が行くことになりました。
親友はお前の代わりに行って苦労したんやと
今だにぼやかれてます。
父親は北海道行きを反対したので、
一番遠い国へ息子は行く気になったのだと
思っていたようです。
「負け惜しみで言ってるのかも知れませんが、
テレレでの展示の様子はこちらの記事でご覧いただけます。」
画廊喫茶テレレは小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)の絵を展示
東京芸大へ行けなかったので
今の俺があるのだそうです。
1968年にアルゼンチンへ渡る。

「ポケットに30ドル」




