人は皆同じ?人は皆違う?えかき小川憲一豊実は強情つまは手におえん
暖簾をえかきに描いてもらいました 今の進歩した世の中、オーダしたのですが、出来ないと断れたので
自画像
強情そのものでしょう?不満げで、何も気に入ってない表情?

 

話しにならんと

 

あ、、、と言おうとするとまた喧嘩を売ってるとくると、そして怒ると

 

今は内海ア-トフェスに参加させていただいております

 

design by Tsumugi Works

 

7つの展示会場

 

 

 

https://creators.yahoo.co.jp/megu/0100454718

 

【福山市】アートを楽しんで魅力を発見しに行こう!内海アートフェス2023が開催!

記事を書いて下さっています

 

 

 

この方も詳しくfacebookに投稿して下さっております

 

 

https://www.facebook.com/yutaka.kameda.108

亀田 豊さんはうみと~カフェ&ギャラリーにいます。

 

 

 

https://www.facebook.com/profile.php?id=100030242314691

ツリーハウスからの眺望
かつてのお転婆娘と
小さな彼と
木の上の
追いかけっこ
木漏れ日が揺れる

 

 

 

 

https://www.facebook.com/hiroko.shinya.54

Hiroko Shinyaさんは絵とお茶テレレにいます。

めぐちゃん、亀田さん、典子さん、Hirokoさん、ご紹介ありがとうございます

感謝いたしております

グル-プ、お友達を誘い合い来られ方たちもおられ

手書きで次のような説明をしながら、ありがたいです

 

Yoshiya Hiokiさんもインスタグラムにアップしてくださいました

ありがとうございます

 

 

山廻公園へ行ってきました、見違えるほど綺麗になっておりびっくりです

地域の方々の地元を愛する感情が伝わります

ドラえもんのドア?

ドラえもんのどこでもドアはどこにでも行けるドア

行きたい場所を告げてこのドアを開けると、扉の先はもう目的地だそう

えかきのつまは扉を開けたのですが、頭の中を読み取ってもらえなかった、

残念。どこへも行けずまた絵とお茶テレレへ戻りました

どこでもドアさえあればぎゅうぎゅうの満員電車に乗らなくても済みます、それどころか、もう移動するのに時間も費用もいっさいいらない

学校や職場がどこでも、どこに住んでいても行けます

行きたいところ多々あり、ドラえもんのどこでもドアが欲しくなったえかきのつまである

夜にはライトアップをえかきと見に行きました、風は強く、寒い夜でした

 

この上からは常石造船や田島や250度?程景色が見えて美しいです

 

 

 

常にもそうなのですが、絵とお茶テレレでの展示の仕方に不満なのはえかきのつまである

 

京都人でっか?!と毎回しつこいほど聞くつまに多分飽き飽きしてると

 

でもえかきのつまは疑問に思うのです

 

私は京都人ではない、日本の血は流れているけれど、外国生まれ、育ちの日系二世

考え方はどちらかというと育った国の人と同じだったり、部分的には日本人の考え方にも共通するところはあると思う

特に床の間のこと、日本のわび、さび?

わびとさびは日本独特の美意識を表す言葉でもある

両者の意味は異なる

さびは見た目の美しさ、古く枯れて渋みのあるのことである

わびは質素で寂しい趣、さびれや汚れを受け入れ、楽しもうとするポジティブな心についての言葉

さびの美しさを見出す心がわび

 

理解するのは難しいかも知れませんが、えかきのつまの好みは、床の間にはお軸一本にせいぜい置物か花が飾られているのがいい

 

 

        床の間とは?

 

日本建築で座敷の上座の、ゆかを一段と高くした所

壁に掛物をかけ、床に花、置物などを飾る

室町時代に「押し板」おしいたと呼ばれる板の上に、つぼなどの美術品を飾ることが流行し、さらに安土.桃山~江戸時代初期にかけては、身分が高い人の座る場所を高くする「上段の間」という考えが定着していきました

 

えかきは自分の作品を一杯見せたいのはわからないでもないが、心落ち着かない、ごちゃごちゃ過ぎて一つ一つの絵の価値を見出せない

あくまでもえかきのつまの個人的な意見です

一つ一つの絵を丁寧に拝見していただきたいなら、見る側は多すぎて疲れちゃうのである

 

一服と思い、テ-ブルに座り、お茶でもと考えても、落ち着かないのである

中には絵描きの展示の仕方が好みである方々もいらっしゃるでしょう

何だか愚痴の様になっているようですが、それは違います

やはり人は皆違うと考えた方が生きていきやすい、そしてえかきのつまであり続けることが可能かも

 

「画家のつまたち」を読み返す

ほとんど覚えてなかった

しあわせだった妻はおられたのかしら?と真剣に考える

有名になられたえかきのスト-リが主ですが、人としてどうだったのかしらとつくづく思うのである、えかきのつまの立場からの感想

あまりにも悲しい逸話が多いので、えかきのつまは悲しくなる

やはりえかきとは自分勝手で、わがままだから、絵を描き続けることができるのでしょう

と思った方が楽になる、小川憲一豊実の妻です

 

オ-ダ暖簾を作りたく勝山で有名な暖簾屋に頼んだのですが、絵描きの絵を暖簾にはできませんと断れた

ネットで探してオーダしたがこれもまた精密な部分は出ないとか、色々専門的なことを電話で担当に言われました、地が白かったら?とか

不思議でならない、Tシャツには色々プリントできるのにと勝手に考えた、そして諦めた

 

麻の生地で利休色の暖簾を購入して、えかきに膝まずついて次男ではないけれど、一生のお願いやとは言わなかったが、頼んで描いてもらった

 

墨が好きなのですが、暖簾は外に掛けるので墨だと流れてしまうと、で油彩で描いてもらった

 

描いた本人は納得なのでしょうけれど、えかきのつまは何パ-セントのできかと聞かれると、目が違う様に思うのだけれどと告げると、相変わらず怒る

 

どうか年を召されるほど穏やかな時間をと願うえかきのつまでした

 

小川(松ノ下)マリアイネス拝

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