アルゼンチン・ガルアペーで建てかけた家と、家族の記憶

夫はかつて、アルゼンチンの日本移住地

ガルアペ に家を建てていました。

けれどその家は、完成することはありませんでした。

建てている途中、

夫はカンナで親指の先を落とすという事故に遭い、

その傷はやがて化膿してしまいます。

異国の地、十分とは言えない医療環境の中で、

その出来事はとても大きなものでした。

その家に、私たちが住むことはありませんでした。

私はすぐ隣で、

夫の両親や兄弟たちと一緒に暮らしていました。

にぎやかで、助け合いながらの生活。

不便さの中にも、

確かな温かさがありました。

あの家は、完成することはありませんでした。

けれど――

建てようとしていた時間、

そこで起きた出来事、

そして家族と過ごした日々は、

今も私の中に、はっきりと残っています。

人は、完成したものだけを

記憶に残すわけではありません。

むしろ、

途中で止まったもの、

思い通りにならなかった出来事の方が、

深く心に残ることもあるのだと思います。

ガルアペーの建てかけの家。

そこには、住んだ記憶はなくても、

確かに「生きた時間」がありました。

それは、家という形にはならなかったけれど、

私にとって忘れることのできない、

ひとつの人生の風景です。

私たちは住むことはありませんでしたが、

その家には後に弟家族がしばらく暮らしていました。

家は、違うかたちで時間を重ねていったのだと思います。

🔗

👉「好きなことをして生きる」

Xでフォローしよう

おすすめの記事