若い頃、銀行員として気づかなかったこと。小説と経験から見えた価値観の違い
何にも考えずに生きてたえかきのつま 高校卒業後Banco del Iguazuに勤務、都会のブエノスへ出て丸紅で勤務しながら夜間の保母になる大学 そして大学中退後もまた里の同じ銀行で日本へ来るまで働く

若い頃、銀行で働いていた。

毎日が忙しく、

目の前の仕事をこなすことに精一杯だった。

そのときの自分は、

「分かっているつもり」でいたのだと思う。

社会のことも、仕事のことも、

それなりに理解しているつもりでいた。

けれどあるとき、小説を読んで驚いた。

自分が知らなかった世界が、

そこには広がっていた。

同じような仕事をしているはずなのに、

描かれている出来事や人間関係は、

自分の見ていたものとはまったく違って見えた。

「こんなことが起きていたのか」

「自分は何も分かっていなかったのかもしれない」

そう思わされた。

若い頃、アルゼンチンの銀行で働いた経験がある。

その中で、お客様との距離の違いに驚いたことがあった。

アルゼンチンでは、顔なじみのお客様とは、

冗談を言い合うこともある。

「口座にお金が足りませんよ」

そんな一言にも、どこかあたたかさがある。

一方、日本では、きちんとした距離があり、

丁寧で整った対応が求められる。

どちらが良い悪いではなく、

大切にしているものの違いなのだと思う。

また、田舎の小さな銀行で働いていた頃のこと。

ある日、店長が「マリアイネス、ダイヤモンドを見せてあげる」と言った。

お客様が金庫に預けているものだった。

初めて見るダイヤモンド。

けれど正直に言えば、

思っていたほどの感動はなかった。

「こんなものなのか」と、

少しがっかりしたのを覚えている。

それは磨かれた宝石ではなく、原石だった。

そのときふと思った。

自分は、高いお金を払ってまで、

これを欲しいとは思わない。

同じものを見ても、

価値の感じ方は人それぞれ違う。

お金はただの数字ではなく、

その人の考え方や生き方が表れるものなのだと思う。

👉 お金の価値観の違いについては、こちらの記事でも書いています。

お金の価値観の違いが人を不幸にする理由とは?すれ違いを生まない考え方

人は、自分の見えている範囲の中でしか、物事を理解できない。

どれだけ経験していても、

知らないことはたくさんある。

小説の中には、

現実とは違う部分もあるかもしれない。

けれど同時に、

見えていなかった現実を映し出すこともある。

それは、ただの物語ではなく、

ひとつの「気づきのきっかけ」だった。

あのとき感じた驚きは、

今でもどこかに残っている。

自分はまだ知らないことがある。そう思えることは、

決して悪いことではない。

過去にこだわるより今を生きるが大切と、過去があって今の自分がある

日常に変化とワクワクを。人生を動かす小さな一歩とは?

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