
中村哲医師の歩みをたどる中で、
「ペシャワールにて」という記録に出会いました。
そこには、病だけでなく、
貧しさや争いの中で生きる人々の姿が、静かに綴られています。
遠い国の話のはずなのに、
なぜか、どこか近く感じてしまうのです。
なお、中村哲医師の歩みについては、
特設サイトと子どもへのまなざしから感じたことを、
癩(らい)という病と向き合いながら、
さらにアフガン難民の人々とも関わっていく日々。
医療だけでは追いつかない現実の中で、
「人が生きる」
それは、簡単に言葉にできるようなものではなく、
ただ、
その記録を読みながら、
私は「何を大切にして生きるのか」
特別なことではなくても、
日々の中で、誰かを思うこと。
それだけでも、
人の生き方は変わっていくのかもしれません。
そして、ふと思います。
子どもたちに、
私たちは何を見せているのだろうか、と。
言葉よりも、
生き方そのものが伝わっていく。
そう考えると、
日々の小さな選択のひとつひとつが、
とても大切なものに思えてきます。
遠い国での出来事でありながら、
そこにあるのは、とても普遍的な問いでした。
人はどう生きるのか。
誰のために生きるのか。
その答えは、
きっと日々の中にあるのだと思います。
今回の内容の背景となる、
中村哲医師の特設サイトと子どもへのまなざしについては、
こちらの記事で綴っています。




