遠い国で、人はどう生きるのか──ペシャワールでの記録から
ペシャワールにて──癩とアフガン難民と向き合った日々から

 

中村哲医師の歩みをたどる中で、
「ペシャワールにて」という記録に出会いました。

そこには、病だけでなく、
貧しさや争いの中で生きる人々の姿が、静かに綴られています。

遠い国の話のはずなのに、
なぜか、どこか近く感じてしまうのです。

 

なお、中村哲医師の歩みについては、
特設サイトと子どもへのまなざしから感じたことを、こちらでも綴っています。

👉 前回の記事を読む

 

癩(らい)という病と向き合いながら、
さらにアフガン難民の人々とも関わっていく日々。

医療だけでは追いつかない現実の中で、
「人が生きる」ということそのものに向き合っていく姿がありました。

それは、簡単に言葉にできるようなものではなく、
ただ、目の前の人に向き合い続けるという積み重ねだったのだと思います

 

その記録を読みながら、
私は「何を大切にして生きるのか」を考えずにはいられませんでした。

特別なことではなくても、
日々の中で、誰かを思うこと。

それだけでも、
人の生き方は変わっていくのかもしれません。

 

そして、ふと思います。

子どもたちに、
私たちは何を見せているのだろうか、と。

言葉よりも、
生き方そのものが伝わっていく。

そう考えると、
日々の小さな選択のひとつひとつが、
とても大切なものに思えてきます。

 

遠い国での出来事でありながら、
そこにあるのは、とても普遍的な問いでした。

人はどう生きるのか。
誰のために生きるのか。

その答えは、
きっと日々の中にあるのだと思います。

 

今回の内容の背景となる、
中村哲医師の特設サイトと子どもへのまなざしについては、
こちらの記事で綴っています。

👉 中村哲医師の特設サイト

 

 

Xでフォローしよう

おすすめの記事