死期を薄っすら感じた友人がお別れの挨拶をと来られ、泣きたくなった

えかきのつまの人生では、いろんな人の出会いがあり、それとこの年になると同時に多くの別れも経験してきました

 

人は必ずいつかはあの世へ行くことを理解していても、その時が来れば戸惑うと想像します

ところで、自分だったらどうでしょうか?と考えてみる

この年になると大勢の人とのお別れはありましたが、やはり悲しいし寂しいです

具体的に言うと、お別れに来られた友人はドクタ―に後2年の余命宣言をされたそうです

もういいですとキッパリ言い切れる人も格好いい?だが私だったら多分まだこの世に未練があり、まだ生きたいと思う方が強いかもです

とりあえず、周りの人たちは自分がいいと思う治療を次々とアドバイスする

若くして亡くなった別の知人は言ってました、皆の言うことは聞けませんと

二人の子どもはまだ幼く、父親として置いて行かなくてはならない運命はとってもつらかったと思う

 

個々の人生は様々、この世に生まれる前に母の胎内で亡くなる赤ちゃん、生まれてすぐ亡くなる赤ちゃん、幼児期、思春期、成熱期、中年期そして一言でいえば老年期まで生きられる方々もいれば、途中までの方もおられる

ところで、その差は何だろうと考えることもある

また人の寿命は、遺伝的な損失と環境損失の両方が影響します。完全に決まっているわけではない。平均寿命はありますが、それよりも長く生きる人もいれば、短い人もいます

 

ところで今日は8月6日、広島への原爆投下から80年

原爆投下から二年後の1947年8月6日に原爆二世の他の友人が長崎で生まれ、育ち、言ってました「自分の誕生日は広島原爆投下の日だから嫌いです」若くして癌で亡くなられました

人間は愛することよりも憎む方が得意だとは絶対信じたくないえかきのつまですが、この世の中から一向に戦争が無くならないことはとても切なくて、残念で無念と言わざる負えない

また、憎むことにより平和が保てなく、大勢の人たちが犠牲になる

戦争中では自分の寿命とは関係なく死んでいく運命の人類たちのことがとても腹立たしい

えかきの小川憲一豊実(おがわけんいちほうじつ)のライフワークの一つに反戦の絵を描いています

絵とお茶テレレ(画廊喫茶)の蔵だった建物にその関係の絵を数々展示しています

 

えかきの父上
特攻隊員でした、終戦になっていなければえかきは生まれていない

 

 

人間は確かに、必ずいつかはこの世から去ります

けれど去り方も様々で、個々の去り際にその人の人間性が現れるのでしょうか?

人間の去り方は状況によってさまざまな意味に解釈するが...

 

                                   別れ際の態度

大切なのは相手に誠意を尽くし、感情的にならず冷静に伝えること

別れの理由を明確に伝え、感謝の気持を伝えることで相手も納得しやすくなる

 

                                      対面で伝える

できたら、直接会って別れを告げるのがベストです。表情や声のト-ンで気持ちが伝わる

 

                                 感謝の気持ちを伝える

今までの感謝の気持ちを伝えることで、相手と気持ちの整理がしやすくなる

 

                                   感情的にならない

怒ったり、責めたりすることは避ける。冷静に、穏やかに話すことが大切です

 

                                  話を長引かせない

別れの理由を簡潔に伝え、ずるずると話を長引かせないようにする

 

                                 去り際の美しさ

別れた後も、相手に不快感を与えないように、配慮することが大切です

⁂「立つ鳥跡を濁さず」:去る者は、後々のことをきれいに始末していくべきという戒め、そのため未練をように、きっぱりと別れる

 

⁂SNSでの発言に注意 : 別れた後、SNSで相手を中傷したり、プライべ-トな情報を暴露したりすることは避ける、結論として相手に深い傷を与えます

 

⁂恨みを残さない:憎みの感情は結果自分をふしあわせにする可能性があります

このことは、恋人同士の別れや、夫婦の別れにも通じるものがあります

 

8月6日、8時15分にえかきのつまは手を合わせて祈る

 

理想通りにはいかない人生ですが、一生懸命に生きます、お呼びが来るまでは

 

小川(松ノ下)マリアイネス拝

 

いとこ同士、ナオとミルタ

Xでフォローしよう

おすすめの記事