マリアイネスのこと 1955年両親鹿児島県人神戸から船でアルゼンチンミシオネスへ移住 テレレのおばちゃん FacebookTwitterLINE マリアイネス 年を重ねて来ると、自分の歩んだ人生を辿りたくなるのでしょうか? 両親はもう今はこの世にはいない。別の世界へ旅立ち、私はアルゼンチンへ里帰りをする気持ちもだんだん薄れてる。 でも私は生まれ育ちは日本からは一番遠く離れた国、人生のまだ半分はあちらで過ごしたし、思い出も多々あり、懐かしいしとっても若かった。 両親は鹿児島県の霧島山麓、財部町の生まれ、育ちで、父は大きな農業をしたいと移住を決心。母は最初はあまり乗り気ではなかったと本人から聞いてますが、親戚に相談を持ち込んだら、”ご主人についていきなさい“とのことで従った? あの頃の夫婦感は今とは天と地の差である。後若い頃はあまり深く考えずに行動するので母も私と同じように思いパ-トナ-について行く事を決心したのかも知れない。 1955年に父、母、三才の長男優二とともに日本からアルゼンチンへ三か月ほどかかっての船旅。希望一杯、若くても不安もあった? 神戸移民斡旋所へ私の父方のお爺ちゃんと伯父さん達が渡アする3日前に見送りに来て下さったそうです。1955年8月15日。孫を遠くへ行かせたくなかったお爺ちゃんはず~と優二を抱いて寝たそうです。 航路はインド周り南アフリカを通りアルゼンチンへ,多分多くの港へ寄りながら、、、健在の折にもっと詳しく聞いとけばとつくづく思うこと今になっては一~杯あります。 母は航海中はず~と船酔いで、嘔吐ばかりでとても大変だったよう。お兄ちゃん、優二、はインドの方達が食事をスプ-ンやホークを使わずに、手で食事をするのを見てとってもびっくりして、”何で手で食べるの~?”と聞いてたとか。 ブエノスアイレスの港へ着いた時にはアルゼンチンはクーデ-タの真っ最中、銃の弾が飛び交っていた。多分両親は、特に母は凄い国へ来たと一瞬は思ったことでしょう。 ブエノスアイレス呼び寄せ移住の方の案内で1.300km.程の距離のミシオネス州へ。66年前は汽車で何時間かかったのかしら? 現在は電車はなく沢山の大型バスが走ってて、国内は勿論、外国へも行けます。乗り心地?は広くて、エコノミ-の飛行機の座椅子に比べるとこちらのほうがいい。バスによっては椅子が倒せてベットのようになり、寝ながらでも旅が出来る快適さ。 当初、両親はお茶工場で働き、翌年の8月15日に長女誕生。両親は仕事に明け暮れ、忙しくて優二を構ってやれなかった。一人で遊び、飛行機が飛んでる空を見上げて言ってた:” お爺ちゃん,。。。君のところへ連れてって~”と 工場の中で缶蹴りをして遊んでた、ある時その缶が機械のなかに。。。3歳の子供の考えは浅はかで、缶を取りに行こうとしたら自分の衣服が軸棒に引っ掛かり、父がガタンゴトンと聞きなれない音を聞き急いで機械を止めた。早急にお医者様へと走ったが、移動途中で息絶えた、兄。私三か月ぐらいでそして優二は1952年2月8日生まれなので、たったの四歳、一番かわいい盛り、1956年11月28日の悲しい事故死。 日本の鹿児島のお爺ちゃんが知った時には畳を叩きながら、なんで外国へやったと嘆いたそうです。自分も孫を授かってもらい、子供もかわいいのですが、孫への愛は格別だと実感します、責任がないからかしら? 親としてこの出来事、一生苦しんだのではと察します。母に言わせると、父はこのころから子に対する接し方が変わったと。 優二兄と一枚だけの写真 長女マリアイネス1年2か月 女性の方が男性より長生きと大多数の人は言いますし、実際そうなのでしょうが、うちの場合は逆でした。 母は最初に、13年前に亡くなり、父は今年92歳で他界。父親が脳梗塞で倒れたと知らせがあって、2週間もせずにお葬式となりました。 私はこの遠い日本に住んでいて、コロナのこともあり、突然で正直まだ立ち直れてません。母の場合は息を引き取るまで横に居て、癌の痛みに苦しみ、息をするにも困難でしたが、最後は眠るようにこの世とお別れを。 父の場合は、今や便利な世の中、電話やメ-ルのやり取りは出来たのですが、看取れなかったのが理由かは定かではないのですが、母の時よりもショックです。 今では仲良く三人で私たちを見守って下さっていることと信じたいこの頃です。子供のころに私は兄に会う時には彼は4歳のままかと悩み真剣に考えた。 Instagram でフォロー 共有:投稿
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